難しい惡魔
2061/06/09
天使対策局本部のオフィス。そこにはデスクの隅で退勤準備を始める者や、討伐から帰還して血の匂いと焦燥感を纏いながら報告書に向き合う隊員など、いつも通りの殺伐とした、それでいてどこか気の抜けた光景が広がっていた。
「葉呉さん。この後、飲みに行きませんか」
くたびれた顔で、俎板は隣のデスクで背伸びをしていた第三班の班長、葉呉を誘った。葉呉は緩く束ねた髪をいじりながら、意外そうに目を丸くする。
「急だなぁ。どうしたの、お前から誘ってくるなんて珍しい。何かあった?」
「……昨日、渦巻と二人で光南支部の応援に回されました。あとは、察してください」
葉呉は「あぁ……」と、同情の入り混じった苦笑いを漏らした。本部内での光南支部に対する評価は、お世辞にも高いとは言えない。
現場の詰めが甘い。事務手続きばかり丁寧で、実戦では優柔不断。せっかちで合理主義者が集まる本部隊員にとって、彼らとの共同作業は砂を噛むようなストレスを伴うのが通例だった。
「なるほどね。光南支部の愚痴を聞いて、ついでに奢れってことで合ってる?」
「そんな傲慢な言い方してないですよ……。まあ、最初から奢ってもらうつもりではいましたけど」
「はは、正直でよろしい。いいよ、別にお安い御用。……でも、二人きり? 渦巻は来ないの?」
葉呉はオフィスの入り口付近で、まだ慣れない手つきで装備のメンテナンスをしている渦巻に視線を向けた。
「あいつ、昨日の現場で天使の首が取れたまま歩き出したのを見てから、少し様子がおかしいんですよ。……まあ、あいつも一丁前に悩んでるんでしょう。呼びますか? 呼んだら、犬みたいに喜んで飛んでくると思いますけど」
「いいよ、今日は。せっかくの俎板からの誘いだし。若手の悩み相談も大事だけど、今は中堅のメンタルケアが優先でしょ?」
葉呉は椅子の背もたれに掛けていたジャケットを手に取り、立ち上がった。
「じゃあ、早速行こうか。光南の連中のどんくささ、肴にしてじっくり聞かせてよ。その代わり、最後の一軒まで付き合ってもらうから」
「財布の底が見えるまで、お付き合いしますよ」
俎板はわずかに口角を上げ、電源を切ったパソコンを閉じると、先輩の背中を追って夕闇の街へと踏み出した。
処理日 2061年06月07日 8時40分
担当支部 天使対策局本部
発見現場 第六区 ██████████████
担当 記載お願いします。
天使対策局第一班 俎板 大和
渦巻 岳
負傷者 0名
死亡者 0名
概要 第六区太陽の塔上部にて当該天使の発生を確認。その後、当該天使は地上へ落下した。落下現場に居合わせた女性、西辛辛が当該天使を自宅へ連れ帰り、監禁していたことが判明している。事態収拾のため、対策局本部より派遣された隊員二名が西辛辛宅へ突入したが、当該天使はベランダより落下し、西辛辛と共に逃走した。最終的に、太陽の塔付近において俎板大和が当該天使を殺害した。
報告者
階級 二級隊員
氏名 俎板 大和
承認
階級 ________
氏名 ________