人を呪わば穴二つ
2057/01/24
朝の六時。ブラックコーヒーを左手で持ち、右手で今時珍しい新聞を読むのが朝のルーティンだ。今日の見出しは龍華区で起きた爆破事件。内容の左側には、黒い煙が上がる一棟のビルの写真がデカデカと貼られている。事件の内容は、人工培養ミートを製作・販売していた会社のビルが何者かによって爆破されたというもので、その会社は裏で獣人向けに人肉を提供しており、今回の事件は会社の機密情報漏洩もある事から復習目的で行われたのではないか? と書かれている。
他にも「強制的なサイボーグ化」や「奴隷社員」という単語が並んでおり、今日も今日とて物騒な街だと思いながら、左手のマグカップに口をつけた。
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顔にまで鉄が侵食したサイボーグの女が一人、金を賭ける快楽に溺れた住民が集まる違法な賭博会場に足を踏み入れた。会場はごく普通のマンションの地下にあり、大人一人入るだけで埋まってしまうエレベーターに乗って、決められたボタンを押す事で表示されていない地下に降りる事ができる。
手乕は賭博会場に来るのも、ちゃんとした賭け事をするのも初めてだった。そんな初心者に一人の中年の男が声をかける。
「そこのサイボーグ。ここはあんたみたいな初心者が来る場所じゃない。身包み剥がされる前にさっさと帰んな」
手乕は見知らぬ男の嫌悪丸出しの言葉を微笑んで受け止める。
「やはり初心者は見た目や仕草でばれてしまうものなんですね。確かに私は遊び方も基礎しか理解していない雛鳥ですが、せっかく沢山お金を持って来たので少しだけでも遊ばせてくれませんか? よければ貴方と」
徐に財布を取り出し、その中から紙幣をいくらか抜いて、男の手に押し付けるように金を渡した。
「これは迷惑料です。足りなければ後から追加で差し上げます。私に本物の遊戯を教えていただけませんか?」
男は眉間に皺を寄せ、紙幣をクシャリと握りポケットに隠した。
「散財しても、俺は責任取らないからな」
「もちろん!」
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専用のテーブルを囲うように置かれた椅子に、男とサイボーグが腰を下ろす。
「金をチップに替えるのは流石に分かるな?」
「はい」
「じゃあ替えたチップを大か小のエリアに置け」
「三つの賽子の合計が大きいか小さいか、ですよね? シックボーなら私ある程度わかりますよ」
男は唸るような返事をして、大のエリアにチップを置いた。手乕も大のエリアにチップを置く。
全員がチップを置き終わり、ディーラーが合図をする。
ガラスのドームの中で三つの賽子が激しく振られ、動きが止まった賽子の数字をディーラーが読み上げる。すると、当選したエリアのライトがピカピカと光出した。結果は大だ。
「すごい! 当たりましたよ。貴方と同じ場所に置いた結果ですね」
「世辞か? 気持ち悪い」
あっという間に賭博にハマってしまった手乕は、それからも次々と二択を当てるゲームをしていく。
二十ゲーム目。周りの初心者サイボーグを見る目が明らかに変わる。本人は己の運の良さを自覚していないようだが、勝率は現在六割だった。ドカンと当てるわけでは無い。少しずつ、手持ちのチップが増えていく。男は手乕の判断に顔が綻び、当たればうんうんと頷き、外したら鼻を鳴らす。男の勝率は七割だった。
「強い奴とのゲームはやはり楽しいな」
「そうですね。でも、思っていたよりスリルが無いです」
「そうだよなぁ!? こんなチマチマと打つのはつまらん」
男の目が子供のように輝き前のめりになる。
「もっと高額を賭けよう、二人きりでだ」
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手乕は男に招かれVIPルームへと移動した。男はこれから始まるゲームが楽しみなのか急いで席に座り準備を始める。手乕は男の対面に座った。少し硬めのソファだった。
「女を、しかもサイボーグをこの空間に招き入れるのは初めてだ。さぁ始めよう、大か小か」
「では私は小で」
「同じく」
ディーラーはいない。この空間には男と手乕の二人のみ。ガラスドームの中で賽子が踊り、結果は二・四・三の合計九。小だ。
男は口角を上げ、手乕を見据える。
「お前、本当は初心者なんかじゃないだろ」
喋りながら、男はチップを大に賭けた。
「まぁ疑いますよね。でも私、本当にちゃんとした賭博をするのは今日が初めてなんですよ」
手乕は再び小に賭けた。
「 “ ちゃんとした “ のが初めてなのは分かった。じゃあ今までどんな風に遊んでたんだ?」
「そうですね……」
結果は大だ。
「もっと生ぬるくて、でもいつ死ぬか分からない…そんな賭け事をしていました」
「具体的には?」
「ふふ。そんなに気になりますか? 聞いた所で運は上がりませんよ。それに上げなくても、貴方にはもうすでにあるでしょう?」
手乕は小に賭ける。
「隠されると暴きたくなるのが人間の性だ」
男も小に賭けた。
「私が行っていたのは不平等で、人によって選択肢の数が違う。それでいて運なんてものは頼りにならない…そう、人生という遊戯ですよ」
手乕は目も合わせずに淡々と喋る。結果は大だ。
「人生と言う遊戯…か。期待して待った答えがそれか。くだらん」
「きっと貴方の人生は五つも六つも選択肢があったんでしょうね。そして、そのどれもが当たり」
手乕は大に賭けた。
「私の人生は常に死ぬか生きるかの二択でした。死ぬのは辛いし、生きるのは死ぬよりも地獄でした」
「負け犬の身の上話か? 俺はそんなものに興味ないぞ」
男の顔は段々と曇っていく。手乕は気にせず喋り続けた。
「私のこの鉄と肉の入り混じった体は望んで手に入れた物では無いんです。それは私だけではありませんでした。…どちらにしますか?」
「…小だ」
結果は四・一・三。小だ。
「私も同僚も友人も、皆殺されるか肉を切り落として鉄に変えるかの二択を迫られ、後者を選びました。それからは自分の体に爪を立て、奴隷として扱われ、自ら命を断つ者が少しずつ増えていきました」
「お前、さっきから負けてばっかだな。勝率六割は偶々だったのか?」
男はそう言いながら大に置いた。手乕は小に置く。
賽子が振られ、結果は大。
「…また外したぞ、つまらん」
「私はこんなくだらない遊戯に興味なんて無いんです」
手乕が発言するたび、予想を外すたびに、男の顔が不快感を隠さなくなっていく。だが手乕は相変わらず気にしない。独り言を虚無に向けて吐くように言葉を続ける。
「今日ここへ来たのは、金を溶かすためでも増やすためでもありません」
手乕はようやくテーブルから目を離し、顔を上げ、男の目を真っ直ぐと捉えた。
「貴方に、原巳洋介社長に会いにここへ来たのですよ」
今日会ったばかりの女の口から一度も教えていない自分の名前が飛び出し、原巳はあからさまに警戒する。
手乕の顔に、もう笑みも初々しさも無かった。
「一週間前でしたっけ、私が貴方の会社の機密エリアを爆破したのは。それなのに、こんな場所で賭博なんてして楽しんで、随分と余裕があるみたいですね。それとも、余裕がないからここへ来て脳を溶かしているんですか?」
「…誰だ、お前」
「貴方の会社の奴隷社員の一人ですよ。強制的にサイボーグにした社員の顔くらい、覚えていてもいいのに…」
手乕は不意に立ち上がり、力加減のされていない鉄の腕で原巳の首を掴み、硬い、しかし肌触りの良いソファに押しつけた。
「サイボーグにされた奴隷社員の選択は二択です。死か地獄か。そして、私の友達は死を選んだ。もう温度も何も感じられない鉄の手でナイフを手に取り首を切って死んだ。お前に殺されたも同然だ」
原巳は必死に呼吸をしようと口を開けるが、気道が塞がっているため酸素を取り込めない。首を掴む手を除けようと爪を立てるが、電気信号で開く閉じるしか出来ないその手は力を強めるばかりでびくともしない。
「この賭けに負けたら私は今日首を吊って死のうと思っていた。だが、そんな私の人生最後の賭けに、女神様は微笑んでくれたらしい。獲物が自ら近づいてくれて、おまけに殺してくださいと言わんばかりに私を個室へ招き入れた」
手乕は心底嬉しそうに目を細め、口角を上げた。
「ずっと殺したかったよ。話は終わりだ。地獄でまた会おう」
やがて原巳の意識はヤミに溶け、生温い肉の塊へと成り果てた。
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2057/01/26
朝の六時。ブラックコーヒーを左手で持ち、右手で今時珍しい新聞を読むのが朝のルーティンだ。今日の見出しは殺人事件。内容は龍華区で起きた爆破事件の会社の社長が、マンションのゴミ捨て場で死体となって発見されたというものだ。ソファに沈み、今日も今日とて物騒な街だと思いながら、左手のマグカップに口をつけた。