美味いメシを食う
2059/07/28
喉が痛い。冗談抜きで、喉に剣山が突き刺さっている気分だ。
今年は空が壊れていた。バケツをひっくり返したような豪雨が数週間も続き、ようやく訪れた晴れ間に油断して外へ飛び出せば、またもやゲリラ豪雨の餌食。そんな不運を数回繰り返した結果、案の定、体温計をぶっ壊すような高熱にうなされる羽目になった。
数日前まで四十度近い熱の檻に閉じ込められていたが、最新の抗生剤のおかげで、今はこうして普通に外出できている。だが喉だけが治らない。唾液を飲み込むのすら覚悟がいる。
しかし、俺は今、猛烈に、殺意が湧くほどに腹が減っている!
ふらふらと吸い寄せられるように、視界に入った飯屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい」
場末の居酒屋。カウンターにはスーツ姿の男が一人。テーブル席にはオイルの匂いが漂うサイボーグと、異様に風格のある白髪の老人が陣取っている。そして厨房から歓迎のルーティンワークを吐き出したのはヘラジカだった。
俺はカウンターの隅へ滑り込み、手垢で汚れたラミネートのメニュー表を掴む。
ビール四百苑。焼き鳥百二十苑。ワカメスープ三百苑。冷奴三百苑。喉を滑り落ちる楽さと、胃袋を黙らせる重量感。その両立を求めて目を皿にするが、並んでいるのは喉への攻撃力が高いものばかりだ。
「……すみません。傷んだ喉に優しくて、かつ腹にガツンと溜まるもんってあります?」
ヘラジカの店員が、角を揺らしながら「なんだこいつ」という露骨な視線を向けてきた。
「お粥でも作りましょうか。それなら通るでしょう」
「お粥? そんな病人の離乳食みたいなもんで、俺の胃袋が納得するわけないでしょ! 俺は今べちゃべちゃの米じゃなくて、こう……ガッとした、野蛮なものが食べたいんですよ!」
「無茶言わんでください。今は大人しくお粥を啜って、治ってから揚げ物でも食べに来たらどうです?」
空腹で脳がバグっている俺を、ヘラジカは慣れた手つきで受け流す。
「でもぉ…!」
「腹に溜まればいいんでしょう? まぁ黙って待っていてください」
「チッ……分かったよ。けど、量は多めで頼みますよ」
厨房からトントンと小気味よい音が響き始める。数分後、目の前に置かれたのは、湯気とともに濃厚な鶏の香りを放つ銀色のどんぶりだった。
「はい、お待ち。満腹保証のお粥です」
見た目は確かにお粥だ。だが米のひと粒ひと粒が鶏の旨味を吸い尽くして、まるで宝石のように輝いている。俺はレンゲを掴み、焼けるような喉の痛みを無視して、その黄金色の塊を口に放り込んだ。
「……ッ、ウマっ」
熱い。痛い。だがそれ以上に、圧倒的に美味い!
鶏の脂が喉の傷口を優しくコーティングし、濃厚な出汁が脳の空腹中枢をダイレクトに殴りつける。
「なんだ、いけるじゃないですか」
ヘラジカが鼻を鳴らすが、もう言い返す余裕はない。俺はただ、動物的な沈黙の中で、一心不乱にどんぶりを空にしていった。あんなに賑やかだった脳内の不満は、一瞬にして静まり返り、代わりに心地よい満腹感だけが全身を満たしていく。
結局最後の一粒まで飲み干した俺は、喉の痛みさえ忘れて、満足げな溜息をひとつ吐いた。
「うまかったですわ。いやぁ〜当たりの店引いたな〜」
「それはどうも。次来る時は、喉の調子を治してから来てくださいよ」
「そうさせてもらいます」
財布から五百苑硬貨をカウンターに放り、俺は店を後にした。