苦しい惡魔


2053/05/09
尾白は遠慮がちに扉を叩き、スライド式の白い扉を横に引いた。消毒液と微かな焼結金属の匂いが漂う病室。その中央、金属製の無機質なベッドの上で、先輩の喇叭らっぱが横たわっていた。

「失礼します。……あの、先輩、起きてますか?」

彼の頭部を構成する炎は、今は力なくゆらゆらと揺れるのみ。起きているのか寝ているのか、あるいはどこを見ているのかさえ判然としない。

尾白おじろさぁ……返事が来てから入ってきなよ。これでも病人なんだからさ」

「すみません。こういうお見舞い、慣れていなくて……。身体の方、大丈夫ですか?」

数日前、喇叭は天使災害の最前線で、あろうことか区画内に侵入した一般人に重傷を負わされた。聞いた話では、その人間に馬乗りにされ、背中を何度も殴りつけられた挙げ句、穴を開けられたらしい。金属製の胴体を持つ喇叭の背中に、生身の人間がどうやって拳一つで穴を開けたのか。尾白は申し訳なさを感じつつも、その異常な膂力にどこか感心してしまっていた。

「一応、穴は溶接してもらったけどさ。まだ馴染んでなくてギシギシ言うんよね。医者には絶対安静って言われてるよ」

「そうですか……」

尾白は困ったように眉を下げ、肩にかけていた鞄を弄った。その挙動で喇叭が怪訝そうに炎を揺らす。

「……何? もしかして、お見舞いの品でも持ってきてくれた?」

「いえ」

尾白は近くの丸椅子を引っ張り寄せると、そこに腰を下ろし、鞄から透明なファイルに綴じられた “それ” を取り出した。

「……何それ」

「白紙の報告書です」

喇叭の炎が一瞬、ピシリと固まった。なるほどそう来たか。これを、俺に、埋めろと。

めんどくさっ!!!

「あー……急に頭痛くなってきたなー。しんどすぎて指一本どころか、意識すら飛びそうだなー……」

喇叭はわざとらしく仰向けになり、身体をベッドに預けて体調不良を装う。

「面倒なのは分かりますよ。私も報告書は大嫌いです。でも今回の現場で状況を把握できているのは先輩だけなんです。他の方は今、誰も書ける状態じゃなくて……」

「俺だって重傷の患者なんだけど! これどうせ班長の差し金でしょ。鬼畜だ、血も涙もない、ブラック企業だ!」

「班長だって全身火傷を負いながら事務作業してるんですから。……分かりましたよ、無理に動けとは言いません」

尾白は溜息をつき、鞄からボールペンを取り出してカチリと芯を出した。

「先輩の口述を私が代筆します。内容さえ埋まればいいですから。……さあ、現場の状況から順を追って。サボらせませんよ」

「……はぁ。わかったよ、喋ればいいんでしょ、喋れば」

喇叭は諦めたように天井を見上げ、渋々といった様子で記憶の断片を言葉にし始めた。


 
 
 
 

天使処理報告書

処理日 2053年5月1日 19時24分

担当支部 天使対策局本部
発見現場 第五区南街 東通り-阿

担当 第二班 海野ウンノ 治人ハルヒト
       ████ ███
       ███ ██
       ███ 喇叭ラッパ

   第一班 綿貫ワタヌキ 潰瘍カイヨウ
       ████ ███



負傷者 14名
死亡者 1名

概要 第五区東通り付近にて天使の大規模変異個体を確認。対象個体は周辺ビルを崩壊させる規模に膨張しており、現場に出動した天使対策局隊員複数名により交戦が開始された。
交戦中、民間人と見られる男性が戦闘区域内へ侵入し、隊員数名に対して攻撃を行うなど現場は一時混乱状態となった。
対象天使は戦闘および火炎攻撃、並びに重火器による攻撃を受け膨張状態を解除し、最終的に竜人型幼体へと縮小。
その後、███ 喇叭が当該天使を殺害。本件において、隊員数名が戦闘不能となったほか、周辺建造物に大規模な損壊を確認している。

追記 本報告書は、重傷のため報告者本人による記述が困難であったことから、報告者の供述を基に三級隊員尾白オジロ 芙羅芙羅フラフラが記録したものである。

報告者
階級 二級隊員
氏名 ███ 喇叭

承認
階級 主任
氏名 海野 治人


 
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