YOIDORE RADIO SPECIAL


2057/08/02
十九時。その夜も少しの残業を終え、見飽きた夜空の下いつもの帰路についていた。ビルに張り付いた屋外ビジョンは、今日もアイドルやクリニックの広告を繰り返し流している。

交差点の横断歩道が青になるまでの待ち時間。ぼーっとその広告を見ていると、突然広告が砂嵐に切り替わった。珍しく電波に不調でも起きたのかと思った次の瞬間、砂嵐の映像は切り替わり一人の男が画面に映し出された。映像と同時に信号も青に切り替わったが、皆その映像に気を取られて気が付かない。

「あっ、やっと繋がった!」

画面の中の男が喋る。

「Helloネオンシティ! 酔いどれ雑談タブロイドの時間だよ」


 

 

酔いどれ雑談タブロイドというラジオ電波を不正にジャックして行われる海賊放送があった。俺はそれが好きだった。名前の通り雑談をしながら扇情的なニュースを扱うラジオで、その内容は俺の一人暮らしの寂しい我が家に活気を与えてくれた。だがそれは不定期に行われるものであり、常にアンテナを張っていなければ簡単に聞き逃してしまう。

俺はそのラジオの刺激が欲しかった。俺の知らないこの世を知りたかった。だからこの日は、俺の人生で一番興奮した日だったと思う。

いつものようにテレビから流れる音声をBGMにコンビニ弁当を食べていた時、突然映像が砂嵐になったかと思えば男が画面に映し出された。

そしてこう言う。

「Helloネオンシティ! 酔いどれ雑談タブロイドの時間だよ」

自分の耳を疑った。ラジオ電波を通して聞いた男の声と全く同じ声がしたのだ。

この男が? この男があのラジオのDJなのか?

心拍数が上がる。ラジオ電波の次はテレビ電波までジャックしてしまったのか!

俺は慌ててスマホを手に取りSNSを開いた。案の定トレンドには「酔いどれ雑談タブロイド」や「電波ジャック」などがランクインしている。

「初めましての皆さんこんばんは。リスナーの皆んなは久しぶり〜! 今回はネオンシティ全体に俺の声が届くようにテレビや広告、いろんな電波をジャックしてみたよ。動画投稿アプリでも配信してるからテレビ無い人はスマホで見て! 盛り上がってこーねー」

スマホ片手にテレビに釘付けになる。もう飯などどうでもよかった。

「今日は主に雑談をしていこうと思うんだよね。内容は俺の話」


 

 

部下のスマホを後ろから覗き込み、ネオンシティ中で放送されている男の映像を見ていた。

「天使と人を見分けるために作られたこのデータ社会で己のデータが消えた時、どうやって人であると言う真実を証明するか……これ、聞かれたことある人いるんじゃないのかな?」

記鹿きしかは眉間に皺を寄せる。

「俺らはデータが無くなるだけで自分が本当に人なのか証明ができなくなる。俺もできなかった」

記鹿は画面に映る男を知っていた。名前は─────

更々さらざらはが。これが今の俺の名前。昔の名前は消された。理由は知らないし、なんで消されてるのかも分かんない」

更々墓は襟元をグッと引っ張り、鎖骨の下の円形に少し膨らんだ皮膚を映した。

「これ、知ってる人いるでしょ? CVポートってやつ。俺昔っから身体弱くて、学校に行けずにずーっと病院で生活してたんだよね。多分…トータル十年くらいかな? 点滴スタンドが相棒だし、病院が実家って感じだった。入院食がお袋の味ってね。ふふ、まぁそんな可哀想な子供だったんですよ」

やれやれといったように更々は語る。

「この長ーい入院歴と通院歴がある俺のデータは、俺の知らないうちに誰かに消されてた。最初に気づいたのは十八の時、口座を作ろうと思ったら俺のデータが存在しないって言われた。嘘だと思って確認してもらったけどやっぱり無い。その日から、俺は天使として惡魔に追われながら生きるようになった。母親と父親は十五の時事故で同時に死んだから誰にも頼れない。俺の人生が本格的な悲劇と化したのはこの日からだと思うな」


 

 

ネットサーフィンをしていた。タイムラインにはペットの可愛らしい画像やしょうもないネタ投稿が並ぶ。しばらくスクロールしていると、内容はバズった投稿から ” 電波ジャック “ の内容に変わる。

「電波ジャック?」

どうやらネオンシティでとんでもない配信が行われているそうだ。気になってテレビを付けると、チャンネルを選ばずとも画面には例の配信が映し出される。

「俺は人なのに、人間なのに、どうしてデータひとつ無いだけで追われなきゃいけないの?」

配信に映る男が喋る。どんな経緯で今の話になったのかは分からないが、なんとなく興味を惹かれた。

「考えたんだ、もしかしたらデータは埋まっていて簡単には見れないだけかもしれないって。だから俺はネオンシティの住民データにアクセスして自分のデータを探した。探したんだよ、一年くらいずっと。でも無かった。ID████-████-███の矢吹やぶきまことのデータは存在しなかった」

画面に映る男は名前を公開した。そんな事したら警察に捕まるだろ、馬鹿か? と考えたが、顔を出している時点で今更どうでもいい事なのかもしれない。

男は深呼吸のようなため息を吐き、こちらを真っ直ぐ見据えた。

「改めまして。矢吹誠と申します。更々墓って名前は俺が勝手に借りてる行方不明者の名前。この男に家族がいるのかは知らないけど、データ借りてごめんね」

矢吹誠はさっきの真剣な顔を隠すようにへにゃっと笑った。幼さが残った顔だなと思った。

「今日俺がいろんな電波をジャックしたのは、ただ身の上話がしたかったからじゃないよ? 俺は皆んなにお願いがあるんだ!」

お願い?

「俺の…登録ID████-████-███の矢吹誠に関するデータを見つけて欲しいんだ! きっとどこかには存在すると信じてる。だって俺はヤミに広がる空間を知らない純粋な人間だから」


 

 

屋外ビジョンに映し出された映像を見始めてどれほど時間が経ったのだろうか。上を向いて固定された私の首は痛いと言い始めている。だがその映像から目を離すことはできなかった。

「期限は無期限! ただペナルティが無いと誰も探してくれなさそうだから、矢吹誠の正式なデータを誰かが見つけてくれるまで、一日二人ずつ住民のデータを消していきまーす! 今日は八月二日だからぁ……八と二が含まれてるIDから消していくね」

一瞬、矢吹誠が何を言っているのか理解出来なかった。

周囲の人々が焦りや困惑の声を上げ始めて、そういえば私のIDには八と二があったっけ? と冷や汗を掻く。

「蘇らせてくれよ、矢吹誠は生きてるんだってば」

その言葉を最後に、ネオンシティ中で行われた配信は終わった。

後にこの事件は「矢吹誠電波ジャック事件」と名付けられた。


 

 
登録ID████-████-███ 氏名 矢吹誠 に関する記録は存在しませんでした。
 
 
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